人はなぜ睡眠と食事を削ろうとするのだろうか。
- 市川里美
- 18 時間前
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日本の受験シーズンも終わりに近づいてきています。一方で、次年度の受験に向けて頑張り始めている人たちもいます。そこでは、夜遅くまで長時間に渡って勉強することや、遊びやリラックス時間は無駄であると断ち切って、勉強だけに集中しようとしているようです。中学受験を目指す小学生も、小学校受験を目指す5,6歳児(2歳からかもしれません)も、もちろん高校受験、大学受験をする生徒たちも、量をこなすことを求められている。その達成のために、遊ぶ時間の次に睡眠時間が削られていきます。小学5年生には10時間の睡眠が必要と言われていますが、話を聞くと中学受験を目指す5,6年生は、5~6時間睡眠となっているようです。10時間の睡眠をとっていては、宿題が終わらない。昼間はとても眠くなりますし、睡眠負債が貯まっていけば、勉強の効率は落ちていくのですが。
受験をする子どもたちだけでなく、大人も余暇の時間や睡眠時間を削って仕事や家事をこなそうとしています。残業は常態化し、定時で終えることに罪悪感さえ生まれることもある。そのような中で、積み重なる疲労は、判断力、思考力を奪い、食事のメニューの選択も、準備も難しくなっていきます。食べることそのものにも、心身のエネルギーは必要であり、疲労困憊の状態では、簡単に食べられるもの(アルコールとおつまみのようなもの)を求めるようになる。結果、食事内容は疎かになり、栄養状態は悪化します。
睡眠と食事は、生命維持に必須の要素です。だのに、人はこれらを削っていくことに抵抗を示さない。むしろ積極的にそちらを選ぶこともありそうです。生命維持が困難になることは明らかです。生理的機能の破綻、精神的機能の破綻は、生活習慣病やうつ病などの精神疾患の発症へと向かわせる。
自分の命を削るような選択を、なぜ人はするのだろうと不思議に思います。動物は、自分の生命を優先するはずなのに、生命よりも受験や仕事、家事を人は優先する。それは、非常事態、戦闘態勢に追い込まれているからでしょうか。そうしなければ、自分の欲しいものが手に入れられない、あるいは、そうするしかないという非常事態に追い込まれているのかもしれません。寝食が十分でなくともそれを受け入れて、耐えようとする。しかし、それは長続きはしません。
命を削って、健康を害して突き進んでしまっていないか、「これでいいのだろうか?」と、立ち止まれたらと思います。健康が深く害されたとき、その回復は非常に困難になります。



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