仲良しと思っていたら、いつのまにか支配されていた。フレネミー?
- 市川里美
- 7 日前
- 読了時間: 3分
最近、小学生の間でも「フレネミー」ということばが、よく使われているようです。仲の良い友だちに、陰で悪口を言われたり、見下したようなことを言われたりしているというのです。友だちのふりをした敵、友だち(friend) だけど敵(enemy)で、フレネミー(frienemy)、ということです。
仲が良いと思っていた友だちが、陰では悪口を言っているということを知れば、人を信じられなくなるでしょうし、心は深く傷つくでしょう。しかし、小学生でのフレネミーは、人をそこまで傷つけるものだとは気づかずに、ただ思ったままに悪口を言っているだけの場合もあるようです(そうでない場合もありますが)。やがて成長とともに、その行為は人を傷つけ、自分の信用も落とすことになることに気がつき、良心の呵責、罪悪感も生じ、そのような行動は慎むようになっていきます。けれども、その分別が十分につくような年齢になっても、「フレネミー」のままの人もいます。成長できず、そのような対人関係のパターンを維持し、それによって結果的に相手を支配する人たちがいます。
そういう人は、関わりの最初には上手に人の懐に入ってきます。疑い深い人であれば、そういう人に入り込まれないのでしょうか。人を信じやすいタイプの人や、お人よしの人がターゲットになってしまうのでしょうか。そういうことではないように思います。やり取りの中で、ある対人関係のパターンが成立してしまうと、誰でも陥りうるものではないかと考えます。
実のところその人にも、最初から支配してやろうとか、自分の思いのままに動かしてやろうという意図やその自覚はなく、ただ自然にやりとりしているだけの場合がみられます。その自然のやりとりによって、ある対人関係のパターンに持ち込まれていきます。たとえば、陰で悪口を言われていることがわかっても、それに怯んでしまったり、何も反応せずにいると、相手が上、自分が下という力関係が生まれる。また、怒り、不機嫌によって罪悪感を抱かせるパターンを持ち込まれれば、「怒らせないようにしなければ」と、相手への気遣いが過剰となる。「いらつかせてしまった。」、「私が悪かった。」と自責的になり、相手の気持ちばかりをうかがうことになれば、ますます上下関係が固定化し、そのパターンから逃げられなくなっていきます。
相手は無意図で、無自覚ですから、「私を支配しようとしているのでしょう」と伝えても、「そんなつもりはない。」、「そちらこそ、そう言って私を支配しようとしている。」と答える。その人にとっては、それが通常の対人関係のパターンですから、「私は変わらない。」、「あなたが、おかしい。」という見方です。ここで、相手にそれを気づかせたいという気持ちになってしまうと、ますますその関係性が維持されます。心的エネルギーを浪費してしまいます。とても納得できないことではありますが、そこから離れる力があるうちに離れること、相手を理解しよう、相手にわからせようとしないことが肝心です。



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