• 市川里美

その靴が履きにくいのかどうかは、自分にしかわからない

 先日駅に向かう途中、リクルートスーツを着た若い女性が私を追い越して行きました。後ろから足音が近づくのが聞こえてきたのですが、その音だけで靴が合っていないことがわかりました。追い越して行った時にその女性の足元を見ると、歩くたびにかかとが脱げかけています。靴が脱げないように足底筋やふくらはぎが踏ん張っていることがうかがわれました。とても疲れるのではないかと思いました。それでも履いて行かなければならないのでしょう。フィットする靴はなかなかみつからないものです。  靴だけでなく、フィットしないものは多くあります。仕事、人間関係、夫婦、会社、学校…。そのことに周りの人が先に気づくこともあります。けれどもなかなか伝えにく。自分で気づくことができたらとよいと思います。  すでに体が悲鳴を上げて、眼・肩・腰などの痛み、頭痛、腹痛、不眠も出ている。けれどもフィットしないところに居続ける。居続けるしかないと、最後の最後に精神疾患となってしまう方に出会います。病気になることはつらいけれど、病気になることでようやく休養が受け入れられる。しかし、病気になっても「自分は甘えているのではないか」「他の人は同じ環境でもできている」とさらに自分を追い込んでしまう方もいます。もうずいぶん前から体は悲鳴を上げて知らせてくれているのですが、それに耳を傾けることができずにいる。がんばり屋さんによく見られます。

 逆に、周りの人は「フィットしている」と思っていて、フィットしていないことをなかなかわかってもらえない時もある。苦しい思いをしていても「それくらい大丈夫」「そのくらいのことで弱音を吐かない」と言われ、その苦しさに耳を傾けてもらえない。「みんなやっていること」「私もできたから、あなたも大丈夫」と。そうなると自分が弱いのか、甘えているからか、と自分を責めてしまう。フィットしない環境でがんばることを続け、その後は同じです。休養が必要となるくらい心身を痛めてしまう。  その靴がはきにくかったり、どこかが当たって痛かったり、最初は良かったけれど履いているうちに靴ズレができたり、あるいは履けるけれどふくらはぎが張ってきたり、腰痛までも引き起こしていたりする。そのことに早めに気づくことができるとよいと思います。その靴が履きにくいのかどうかは自分でわかるとよいと思うのです。合わない靴は履き替えていいと思います。